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安次嶺 実奈子 JPBA経営者コラム

JPBAパーソナルビジネス経営コーチ
安次嶺 実奈子(あしみね みなこ)です。

今日は、私が経営コーチを始めた
理由についてお話させてください。

私自身は、元保育士です。

沖縄で保育士の免許を取得し
神奈川県にある私立幼稚園に就職しました。

沖縄とは違う環境で厳しくもあり
楽しい環境で仕事をすることができていました。

保育士3年目に、父親の病気が発覚して
沖縄に帰省することになりました。

会社を引き継ぐことが決まっていた訳でもなく
家族を助けたい一心で、帰ることを決意しました。

沖縄に帰ってから3年ほどして
父は他界しました。

若いこともあり、病気の進行も早かったのですが
仕事人間で、入院中の病室でも
業者の方を呼んで、図面を広げたり
見積もりをしたり、本当にギリギリまで
働いていたのが印象的でした。

父の口癖は、

「俺には、お前たちだけではなくて
社員の家族も守らないといけないんだ!」

でした。

私は、父の姿勢を今でも尊敬しています。

一緒に働くことなく、他界してしまったので
会社をどうするか、家族で話し合った結果
社員もお客様も長く付き合いのある方々が多いため
そのまま閉めるのではなく、できるところまで
続けようという結論に至りました。

そこで、初めは母が代表取締役になり
会社をまとめることになりました。

私は当時、本当に無能な社員でして
電話も取れなければ
計算もできない
いうような問題のある社員でした。

ということで、しばらくは社員から
のスタートでした。

そんな私が、なぜ会社を引き継ぐことに
なったかというと

頼りにしていた幹部の方からの
裏切りや会社自体のルールの不明確さ
が原因で、だんだん雲行きが怪しくなってきて
どうにかしようと思い立ったのが始まりでした。

始めに取り組んだのは、社内のルール決め
・就業規則を作る
・マニュアルを作る
・紙からデジタル化に以降

など、小さなことですが
少しずつ形にしていく中で会社の雰囲気や
社内が変わり始めていきました。

実は、就業規則を作り始めて
新しく雇用契約を結ぶときには
何名も社員が辞めていきました。

仕事もたくさんある中で、
スタッフが辞めていくことに
絶望を感じたときもありましたが
なんとか
乗り越えることができました。

その時に思ったことは、
JPBAではビジネスは
「貢献と金銭の交換行為」と定義しています。

社員がゼロでも会社は潰れないですが
お客様がゼロだと会社は潰れてしまいます。

お客様あってのビジネスなので
お客様にとってどんな会社なのか
どんな売り手なら買いたいと思ってもらえるのか
判断する力が必要だと感じました。

長くなりましたので、
続きは次回の配信でお伝えします。

最後まで、読んで頂き
ありがとうございました。

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