じゃがいも物語エピソード2「無我夢中でがんばった会社員時代」

「無我夢中でがんばった会社員時代」

 

JPBA認定講師の
商品設計&セールスコーチの
所司憲和(しょじのりかず)です。

 

じゃがいも物語エピソード1からの続きになります。
電子顕微鏡の会社に入ってからの話になりますが、

 

会社から内定をもらい
北海道から東京に出発し

いよいよ、社会人だと!!

やっぱり、それは緊張するし
ワクワクする浮ついた心持ち
東京にいきました。

 

そして、到着して次の日ぐらいに
会社の装置の出荷記念パーティがあるので
「まだ、入社式してないけど来てよ」
ということで

行ったら・・・

 

浮ついた心持ちなんてものは
すぐに消されました(笑)

 

そうそこからは
僕のイジられロードのはじまりでした。
(ここからは登場人物は仮名です)

 

いきなり、あったこともない方から
「おい!大山」
ふと振り返るとそこには
 目鼻立ちがはっきりしてる
いかにもやんちゃでしたと言わんばかりの
人がそこにはいました。

 

先輩「おまえだよ」
自分「え!?僕ですか?」
先輩「おまえ、大山にそっくりだな」
自分「いや、知らないんですけど・・・」
先輩「おまえ新入社員か」
自分「はい」
自分「はじまめまして、所司っていいます」
先輩「うん?ジョージ?しょうじ?」
    「どこ卒業?」 


自分「北海道職業能力開発大学校卒業です」
先輩「お、お前か!大学校の卒業生!」
  「俺もあの卒業生!」
  「なんだ、後輩か」
  「俺、石川っていうからよろしくな」

 

その石川先輩から
先輩「今日からお前、小山ね!」
自分「いや、名前、所司ですって」

先輩「おいみんな。大山の弟入ったぞ、小山!!」
先輩「おい。大山、こっちこいよ!」

大山さんと比較して

集まった他の先輩方「まじで似てるわ~」
集まった他の先輩方「小山、よろしくな」

自分「いや、所司ですって!」

会社に入る前に心がポキって折れ
ああ、ここでやっていける気がしない・・・・
って思った出来事でした。

 

その後、入社式をして
今はわかりませんが
新入社員ですから
来る日も来る日も飲み会で

自己紹介するたび
偉い人「ああ、君か!小山くん」

自分「いや、所司です。」

一週間もたたないうちに
あっという間に広まってて

一時時期、
社内で「所司です!!」が流行りました。
ちょっとしたアンジャッシュの児島さん扱いです。

 

そんな感じの社内だから
半年で疲れ切って
でも、もう逃げれないこの呪縛!!

 

そこで開きなおりました!
「もう!わかった」
「イジられキャラを磨こうかじゃないか!」

と決め、とりあえず本を探しましたが

イジられキャラのイジられる方法
という本はありませんでした(笑)

愛されキャラとか
そのような言葉で書かれてる本はありましたが
マインドがどうのこうのって話ばかりで


こちらが意図した本は見当たりませんでした。

「いや!そ、そうじゃない!」
「こっちは、円滑にしかも疲れない」
「イジられ方を教えてほしいんだ!」

 

本ではなく、Webならあるだろうかと
探してみても

脱し方は、反応しないこととか
わかりきってることしか書いてない・・・
そんなノウハウは見つかりませんでした。


「だったら、自分でやってやる!」
独学でいじられ方について勉強していきました(笑)

 

それからは
・飲み会は2次会・3次会まで必ずいく
・一番怖い上司の横に行って必ずおしゃくする
・先輩の誘いは断らない
・振られたらとりあえずやる

 

イジられるとこに自ら行き
どうすれば、イジられるけど疲れないのか?
どうすれば、相手に心を許してもらえるのか?
ありとあるゆることをしました。

 

そうすると
自分でわかってきて
こうやったら喜ばれるし
自分も疲れないでイジられるんだと!

 

そして、それがわかってきた時に
面倒を見てくれる先輩方が合わられるようになり

 

困った時には
「仕方ねえな」と言いつつも面倒見てくるようになりました。

 

そうして周りの人達のおかげで
なんとかできるようになって

 

そして、会社員5年目を迎えた時

 

そんなコミュニケーションだけで仕事をしてた自分に
本格的にデザイン会社と組んで
新規装置開発することになりました。

 

それは、研究機器に不要である
デザインというものを取り入れた
会社としての挑戦でした。

 

そして、その新規装置開発のデザインしたものを
カタチにするためのデザイン主担当が自分に回ってきました。

 

しかし、これがいろいろ大変なことがあり、
まず、製作期間が通常3年ぐらいで作るところを半分の1年半

 

初の試みでデザイン会社を入れて
しかも、そこのデザイン会社は
某フェラーリのデザインをした方の会社で

会社としてもデザイン費に
何百万円もかけての
新規装置開発でした!

「そんなお金あるならよこしなさいよ」
って思ったことも多々ありました(笑)

 

しかし、そんな入れ込みようなのに

外観設計は
グループ会社含め
2000人近くいるけど
どうやって作るのか。
だれも知らないという・・・・

 

ホント問題が山積みで
プレッシャーもメチャクチャありました。

そもそも外観を作るにも
出来上がったデザインを具現化するためには
素材も製造方法もわからないから

 

セミナーに行ったり
展示会に行ったりして
とにかく勉強して

ホント、一心不乱!に
毎日、寝ても覚めても装置のことだけを考える日々でした!

 

なんとか
今回の外観をプラスチックで作ることが
一番理想的だとわかり

設計図を作り
見積もりを立てて

社長や取締役の人たちに型をつくるのに
3,000万円かかるとお伝えしたら

ある取締役
「3000万円使うのはいいけど本当にできるのか?」

なんてちょっとキレ気味に言われたもんだから

 

会社で誰よりも早くきて遅く帰ってるという
労働を強いておいて、なんだその上から目線は!!

 

当時の僕はそこで「ぶちっ」てきて

自分

「やったことないんだから、わかんないすっよ!」
なんて逆ギレ気味に反論したら

 

あとで先輩に
「あれはない!気持ちはわかるけど
お前下手したら首だぞ!」
と言われても

 

自分

「ええ、どうぞ首にしてください。」
「今、会社であれ作れるの俺しかいないんだから」
「本社含めても俺しかできないとか、どうなってるんですか!」
「いいです!首にしてください!」

なんて言いながら
当時本当に
いろんな重役、上司、先輩に噛み付いてました。

 

ある上司には
「すいません。あなたの言ってる意味がわかりません。」
なんてことも言ってました(笑)

 

あとから先輩に
「あの時のお前はどうかしてた!」
と言われました。

 

ええ、僕もどうかしてました(笑)

 

ただ、あの時、
それぐらい追い詰められてたのも事実でした。

 

なにせ失敗したらまず、
プラスティックの型代の3,000万円が水の泡
設計が失敗したらラインが停止で、+何億円の損失

そのことを考えてたら
とてもじゃないけど
普通ではいられませんでした。

 

それでもやっていけたのは
周りの上司、先輩、同期、後輩のおかげでした。

 

それは、まさしくイジられキャラで培った
コミュニケーションの成果の賜物でした!

だからこそ
装置が完成した時

本当にうれしかったです。

 

そして、そのあとのご慰労会では
張り詰めてた
心のダムが決壊し、
居酒屋でめちゃくちゃ泣きました。

 

あとにも先にも
仕事のことで
あんなに泣いたことはありません。

 

無事プロジェクトを終わらせ
評判も上々という時に・・・・

 

実家から連絡が来ました。

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JPBA認定講師商品設計&セールスアドバイザー 1984年生まれ。北海道浦河出身。東証1部上場の電子顕微鏡メーカーにて、日本人で初めてフェラーリをデザインした方の設計責任者を経験。新規開発及び設計に従事(特許1件あり)。 2006年、地元である北海道浦河の過疎化を目の当たりにして、この現状をどうにかしたいと考え、地域の活性化とデザインとの組み合わせで地方活性を模索し、2015年、「地方の活性化」を理念にワンズラインを設立。代表に就任。同年、デザインスクール事業を開始。 2018年、地方をもっと活性化するために「地方を世界へ」をコンセプトに「ワンズライン合同会社」を設立。地域の魅力を世界に届けるためにWebブランディング事業を開始。 現在は個人の理念である「地域社会の発展」に貢献するためにワンズライン合同会社の経営と個人事業主向けに経営コンサルティング事業を行っている。

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