じゃがいも物語エピソード6「左脳の師匠からの教え」

「左脳の師匠からの教え」

 

JPBA認定講師の
商品設計&セールスコーチの
所司憲和(しょじのりかず)です。

 

じゃがいも物語5からの続きです。

 

デザインスクールの業績が順調になるにつれて
逆に女性講師陣と話しが合わなくなっていきました。

 

それは僕自信の実力不足。
話を何度か繰り返し
一緒にやっていくのは難しいという事になり

 

僕としてはこのままスクールが行けば
地方活性につながるだろういうことで

 

経営権も含めすべて譲渡いたしました。

 

ただ、全て終わった後

「なんか今までやってきたこともすべて
なくなったんだなと・・・・」

落ち込みはしました。

 

 

自分が招いた結果とはいえ
退職金も全て使いこみ
自分なりにはやったつもりでしたので
ホントいい勉強にはなりました。

 

ということで
また、一から収入源を作らなければならなくなり
それはすぐには見つけられず
ホテルのバイトに戻ることにしました。

 

ホテルのバイトの復帰は
今でも覚えてます。

 

 

そこでチームリーダーに
「所司さん久しぶりですねw
「大丈夫ですか?」

 


「また、よろしくお願いします^^」

 

チームリーダー
「久しぶりだからってこぼさないでくださいね」
「お口直しのソルベ6つ」
「お願いします」

 


「そんな大丈夫!!」
「いってきます」

と言って

 

おぼんを持って振り返った瞬間

 

6つの内の一つのウチのソルベが
おぼんを滑り、
クルンクルンと回った時
めっちゃスローモーションでした(笑)

 

(ああ、復帰一発目で・・・)
(もうタダのフリじゃん・・・)

 

クルンクルン
ガシャン!!

 

近くにいたマネージャーが
「所司あとでちょっと来い」

 


「はい」
(ああ、怒られる。復帰一発目で)

 

マネージャー
「お前なに考えてるの?」

 


「すいません」

 

マネージャー
「おい!お前!怒られてるのになに笑ってんだ!」

 


「へ?顔?」
「笑ってませんよ」

 

マネージャー
「いや笑ってるから、笑うなって」

 

(えー!!!なにそれ!顔ってなに?)
って思いましたが

 

 


「いや・・・・だから、・・・・すいません」
(逆にこれで笑いそう(笑))

 

何度言おうかと
「こういう顔なの!!」
って!!

 

ちなみにバイト期間中
同じマネージャーに
怒られてる時に笑うなってこと
3回言われました。

 

3回目の時は
ホント整形を考えました(笑)

 

こんな復帰の仕方でしたが
この後はホントいろんな事を学んだと思いました。

 

年下の上司との付き合い方だったり
同じ職場で働く人達も年下が多いですから
どうやったら円滑に仕事が進むかとか
それこそ愚痴聞いたり
相談に乗ったり
年下への注意の仕方だったり

 

デザインスクールでしくじった事を
また起こさないようにするために
人間関係の築き方について
めちゃくちゃ気にかけました。

 

その後
ホテルでも重役の人に
顔を覚えられるぐらいになった時に
西尾さん(右脳の師匠)から
呼び出され
「どうするすの?」と言われ

 


「このままじゃいけませんよね」

 

西尾さんの言葉に押されるように
地方活性から考え
デザインスクールで培ったWeb
仕事をとることにしました。

 

それから仕事が取れたり取れなかったりを
繰り返してる時に

以前からホテルのバイトで知り合った
ゆうやという23才の男の子と
何度か話し合ううちに
一緒に仕事をすることになりました。

 

 

そこでWeb制作事業を開始することにしました。
ゆうやはWeb制作を行い
僕は営業とWeb制作の取りまとめ
いきなり上手くは行きませんでしたが

二人で頑張り
途中からは外注の人も増やし
軌道にのりだしたころ

 

単価が安いため仕事の受注が増えすぎて
制作が追いつかなくなってきた時に

 

西尾さんから
現在のJPBA代表理事の親川さん
(後の左脳の師匠となります)
を紹介されました。

 

実は親川さんとは
デザインスクールを立ち上げる時に
親川さんが沖縄で経営するFXスクールの運営方法を
勉強させてもらう時に
お会いしたことがありましたし

 

それ以降も何度かお仕事をさせていただいてましたが

 

初めてお会いした時は
正直怖かったです!笑

 

あと、目が怖かった!

 

理論攻めで話されると本当に苦手で
初めてお会いした時は
どういう流れでなのか

 

覚えてませんが
沖縄の夜中のマクドナルドで

 

西尾さんと親川さんから
自分のビジネスの姿勢について
詰められたこともがありました。

 

そんな記憶もあったので
正直お会いすることに
恐怖がありました。

 

ただ、西尾さんが言うんだから
意味があるんだろうと

 

西尾さんは「3つ先を読め」の教えもありますが
それを体現してる方なので

 

この人には今この人が必要だろうということで
人を紹介し、それがことごとくあってて
ビジネスが上手くいってるのを横で見てきたので

 

今の自分には必要なことなんだろうと思い
お会いさせていただくことにしました。

 

 

新宿の京王プラザ
そこには身長は僕と同じくらいなんですが
キリッとした顔立ちの親川さんが
いらっしゃいました。

 

今でも緊張しますが
当時はもっと緊張してました。


「ご無沙汰してます」

 

親川さん
「久しぶり~、元気?」

 


「はい!なんとかやってます!」
めちゃくちゃ肩に力が入ってました。

 

そんな何気ない会話から
次第に仕事の話になっていきました。

親川さん
web制作やってるだって?」

 


「西尾さんからきいてるんですね。」
「はい。今、二人でやってます。」

 

親川さん
「そうなんだ!」
「どんな感じなの?」

 


「忙しいんですけど、お金もないって感じです」

 

そこから根掘り葉掘りと
全部、洗い出されて

「解決するためには、仕組みが必要だね。」
「なによりまず、理念をカタチにする必要がある」

とぐうの音も出ませんでした。

 

現在のJPBAの前身にあたる
親川さんが運営する
ミリオンビジネス・アカデミー(MBA)
https://million-business.academy/
行われれる4ヶ月間のコンサルセッションを
受けさせていただくことしました。

 

帰宅後

ゆうやに


「ごめん。二人の金だけど」
「コンサル申し込んだ」

 

ゆうや
「所司さんが決めたなら、別に文句ありません」

 


「ありがとう」
やだ、かっこいい!って思いました(笑)

 

そこから親川さんが考案した
パーソナルビジネスフレームに
ビジネスを落とし込んで行き

2週間後には100万円の受注が入り
これでコンサル受けてよかった!と
二人で安心してたのを覚えてます。

 


「今大変でここができなくて」
と感情から話しても

 

親川さん
「感情じゃなくて、結果をすべて数値化して」

 

と事あるごとに
数値化することを教えてもらい

 

そこからはスピードが倍になった感じでした。

 

仕組み化を考えるためには
すべて数値化することを教えられ
それ通りに行動していきました。

 

何はともあれ数値化!
行動したら数値化!

 

途中から
数値化ってすげー!
ってなってました(笑)

 

ホントここで左脳を学びました。

 

これを繰り返してると
結果目に見えて変わっていきましたし
言動も変わっていきました。

 


「こういう結果でこうなったんですけど」

 

親川さん
「こうしたらいいよ」

 


「ですよね!わかりました」
「やってきます」

 

3ヶ月過ぎた後には
1時間親川さんのコンサル時間を用意して
もらってましたが
30分ぐらいで終わるようになって

 

親川さん
「どうする?世間話する」
って最後の方は
コンサル時間なのに
世間話して終わるなんてこともありました。

 

このときには
親川さんと話しても怖いという
感情はありませんでした。


そして4
ヶ月後には
会社として年商1,000万円行けるという風になり
親川さんのコンサルを終えました。

 

ここからが大変でした。
お金の余裕は生まれてきましたが
個人からの仕事をこれ以上増やしても
これ以上の展開が望めないと判断し

 

対象を個人から法人にシフトしました。

 

そしたら急には個人から法人にはいきませんので
法人へ営業して企画書提出して、見積書出して
受注もらってWeb制作し
個人のお客さんのWeb制作もやってた時

 

これ抜けたら終わる
これ抜けたら終わる
これ抜けたら終わる

もうハチャメチャでした。

 

毎日徹夜徹夜!

 

こんな大変な時に
立て続けに問題が起こりました。

 

大口の仕事を取ったこともあり
業務委託というカタチで
Web制作をやってくれる人にお願いしたら
途中で音信不通になるとか

 

仕方ないから
他の専門のWeb屋さんに頼んでも
僕よりもできない業者さんだったとか

 

いろんな人巻き込んで話進めてた
1000万円のプロジェクトが受注したはずだったのに
途中で先方がやっぱりやめたいとか

よくもまあ立て続けにとは思いました(笑)

 

徹夜続きの時に
こんなこと起こるもんだから

ホント死にそうでした!!

 

そんなこともあり
仕事量が倍になったけど
売上が下がっていきました。

 

そんな時に
夜中の12時にゆうやから
「ちょっとお話があります」


「何?」

ゆうや
「仕事やめたいです」


「なんで?」

ゆうや
「他の仕事がやりたくて」

 

 

こうなるかもとは少し思ってました。

 

個人から法人にシフトした時に
そもそもゆうやはWebを独学で勉強して
ウチのWeb制作をやっていたので
個人の時と比べて負担がかかっていたのは
わかっていました。

 

だから、
専門の人を雇わないとなと思ってましたが
立て続けの問題で
そう簡単に雇える状況ではありませんでした。

 

ホント自分の力不足が招いたことでした。
一度は考え直せと言いましたが
ゆうやの意思は固く
僕の元を去っていきました。

 

ちなみにゆうやは今でも心配して
ちょくちょく連絡くれます^^

 

ゆうやが去っていた後

 

営業がうまくいかないもの
ゆうやがいなくなっていったのも
全部僕のあり方が行けないんだと思い

 

 

僕は丸坊主にしました。
じゃがいもの誕生です。

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アバター
JPBA認定講師商品設計&セールスアドバイザー 1984年生まれ。北海道浦河出身。東証1部上場の電子顕微鏡メーカーにて、日本人で初めてフェラーリをデザインした方の設計責任者を経験。新規開発及び設計に従事(特許1件あり)。 2006年、地元である北海道浦河の過疎化を目の当たりにして、この現状をどうにかしたいと考え、地域の活性化とデザインとの組み合わせで地方活性を模索し、2015年、「地方の活性化」を理念にワンズラインを設立。代表に就任。同年、デザインスクール事業を開始。 2018年、地方をもっと活性化するために「地方を世界へ」をコンセプトに「ワンズライン合同会社」を設立。地域の魅力を世界に届けるためにWebブランディング事業を開始。 現在は個人の理念である「地域社会の発展」に貢献するためにワンズライン合同会社の経営と個人事業主向けに経営コンサルティング事業を行っている。

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